パット・メセニー・グループ『スティル・ライフ(talking)』1987年
パット・メセニー(・グループ)で1枚、といえば『スティル・ライフ』を挙げる人は多いだろう。
音楽的に高度な事をやっているのに“さらり”と聴かせる。ブラジリアン・テイストが心地よく、ジャズなのに太陽を感じる音楽。
私は、音楽を聴く時に情景や風景が浮かぶ事は滅多になく、抽象的な形や濃淡・色として“音像”が見える、または感じる。ところがパット・メセニーの音楽の場合は“音像”と“情景・風景”のどちらも感じて視る事が出来る。
パット・メセニーが好きな友人がいる。ただ、演奏する姿を見た事がなかったのだが、この映像を見て非常に驚いたそうだ。
バンド・メンバーが、こんなに激しく演奏しているとは想像しておらず、特にパットがギターを弾きまくる姿には圧倒されたらしい。
また、ロック・バンドを見慣れた感覚からするとPMG(パット・メセニー・グループ)は、基本エレクトリックなバンドなのにアコースティック・ベースを弾くスティーヴ・ロドビーの姿は新鮮に映った事だろう。
祖国アルゼンチンでは国民的な人気だというペドロ・アズナールのマルチ・プレイヤー振りも素晴らしい。ヴィブラフォンを弾く場面などスティーヴ・ライヒのミニマルな演奏を観ているような気になる。
バンドの最重要メンバーであるライル・メイズは、パットの片腕とも言える存在だ。複数並べられたキーボード群を見事に弾きこなす姿にはプログレ・ファンの目をも大いに惹きつけるのは間違いない。(2020年2月10日没)
ブラジル出身アーマンド・マーサルの情熱的なパーカッションはバンドのグルーヴを前へ前へと推進させる。それだけでなく呪術めいた作用があるように私は感じる。この動画の13分過ぎ辺り(「サード・ウィンド」の中盤)からは誰にも止められないような“何か”の力に突き動かされているようだ。得体の知れない靄(もや)のような物が、バンド全体にまとわりついたり離れたりしながら(動画の)14分38秒、遂に龍が姿を現し昇り出す。バンドのエネルギーが何かを呼び込んだか創り出したか。大袈裟でなく私にはそう思えるのだ。
このドラマーあってのPMG(パット・メセニー・グループ)だと思うのがポール・ワーティコ。ロックの要素がゼロなのにプログレッシヴというPMGの個性は、この人のドラミングに依る所が大きいと思う。“キックとスネアがドラム・パターンの核”というコンテンポラリーな視点を廃し、主に伝統的なジャズの要素を保持しながらも時代遅れな印象はなく、むしろ新鮮でアグレッシヴだ。数多くセッティングされたシンバルの使い分けにも秘密の一つがあるのだろう。
パット・メセニーも同じく、ギターの音色だけを聴くとストレート・アヘッドな“普通のジャズ”のようでもあるが、バンドのアンサンブルの中ではカラフルに見え宝石のような輝きを見せる。
時にギターシンセをソロに使うが、これはサスティーンを得るためのディストーション代わりだろう。常にその音色は変わらずサックスとトランペットをミックスしたような“あの音”だ。ディストーションを“必要悪”と言ったアラン・ホールズワースと手段は違えども目的は同じだったのではないだろうか。
ジャズの基本的な言語を守りつつ、音楽的な裾野を広げたプログレッシヴ・ジャズ。どのようにでも聴き手が楽しめ、受け入れ易くも深い、そんな稀有な音楽だと思う。
by Kay-C